日本学術会議のあり方の見直しについて

このところ、日本学術会議のことについて意見を述べることが多くなっています。
すでに書いてきたことですが、この9月末で11年間務めた会員の任期を終えました。しかし、今後の日本学術会議のあり方には深く関心を持っています。一般の方々にはその背景の説明が必要かもしれません。制度的には、2004年(平成16年)の日本学術会議法の改正によって新たな「新生学術会議」として翌年に第20期が始まり、この9月に3年を期とする9年が経ったところですが、この法改正に伴って「10年後に日本学術会議のあり方を見直す」とされていることが学術界にとっての大きな課題だということです。科学者84万人を代表して社会に学術の責任を果たす組織として、日本学術会議のあり方があらためて見直されるわけです。


もちろんのことながら、日本学術会議のあり方を検討した10年ほど前にも、科学が社会に果たすべき責任について議論されました。しかし、その後、この間に、さらに2011年3月の東日本大震災、および福島原子力発電所事故と放射能汚染に関わる科学界の責任について、科学と社会の関係の重要な課題のあることを認識することとなりました。もちろん、私自身も学術界に身を置く一員として、評論家的な立場ではなく、当事者として責任を認識しています。さらには、この1年間の科学者の「公正性」に係る問題も、社会における科学界の大きな責任だと考えています。社会に報道される研究不正のことだけではなく、日本学術会議の関係者の業績の公表における公正性の問題や大学等における研究上の問題についても、これまでにこのBlogでも意見を述べました。一部は報道されたこともあります。


こうした状況で、上にあげたように、日本学術会議の「見直し」が行われています。内閣府に「日本学術会議の新たな展望を考える有識者会議」が設置されてこれまでに2回の会合があったようです。ここで今後の日本学術会議のあり方が議論されているのです。「新生学術会議」の成立をまたいで会員を務めた者にとっては、そこでどのようにこの間の課題が議論されているのか、関心を持たざるを得ません。しかし、その状況が十分には分かりません。制度的なことだけではなく、わが国の科学者を代表する組織のあり方を議論するして、10年前に(さらにその前の)議論した状況を十分に理解して今後の学術界を「展望」して欲しいところです。この有識者会議の議論が、わが国の学術界の代表機関としての日本学術会議のあり方を決めることになるのだとすれば、きわめて大きな責任があります。


この10年間を「現在」という「点」だけで捉えるというのでは、営々として築いてきた学術の世界の「組織の記憶」は失われてしまいます。学術の目指すところは一時の成功とか利益といったものではありません。まして、現在の日本学術会議の表面的な運営の説明だけでは本質的な課題は捉えられません。学術界では、これまでに他者が行った学術的成果の上に新たな研究の発展を目指すものです。学術界の責任もそこにあります。「点」ではなく「線」で捉える必要があります。学術に関わる者は、自己の研究対象を捉えるときにも「点」だけで判断するわけではありません。日本学術会議の現在の当事者の「点」としての見解だけからこの10年間の課題や実態を捉えることができないことは、学術に関わる者として当然のことでしょう。学術に理解のある上記の「有識者会議」が、このような学術の議論の本質的なあり方を共有していることを信じたいところです。


「有識者会議」においては、このような視点から「新生学術会議」の課題を十分に把握し、国際的にもアカデミーで最も重要とされる学術界の「組織の記憶」を的確に認識して、今後の展望を示すよう期待するところです。

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