学術界における組織的ハラスメントへの怒りについて

最近の報道に見られる学術界の問題には、読者の方々はそれぞれに思いをもっておられることでしょう。頻繁に報じられる「研究不正」についても、研究成果としての論文の捏造、捏造(Fabrication)、改ざん(Falsification)、盗用 (Plagiarism)という、いわゆる FFP 問題からを超えて、利益相反といったことにも及んでいます。これまでに、「学術公正性」と「研究公正性」、また、学術界での利益相反についても意見を述べました。しかし、学術界においては、さらなる大きな問題が存在していることにも目を向けなくてはいけないと思います。この記事のタイトルを見て、身近に思い当たることがある方もいらっしゃるでしょう。報道されたこともあれば、そうでないものもあり得ます。

以前から、学術界において、いわゆる「権力争い」といった話題はありました。一般社会から見て、閉じた世界での抗争として扱われてきたように思います。決してこれを肯定するわけではないのですが、学問の世界での「流派」とでもいえる抗争があったようにも思われます。ひるがえって、最近は、学術界において、個人を対象とした理不尽ともいえる攻撃的な言動を目にします。それも、たんに個人と個人ではなく、組織の中心にいる一方の(複数の)人がもう一方の個人に対して打撃的な「仕打ち」を施すという、いわば、組織的なハラスメントです。学術界における「権力」というのは、いかにも異様なものですが、組織の中心にいるのが権力だと勘違いしているのか、情報を得たり周りに指示のできる立場を使って、個人を攻撃することさえ目にします。学術的な内容に関する議論ではないのです。こうした組織的なハラスメントの大きな問題は、根拠となる情報が一方に独占されていて、中立的で公正性のある判断がなされないところにあります。ときには、対象とされた個人の人格をも否定するようなことさえ見られます。

2014年の1月に報道された厚生省のJ-ADNIプロジェクトの件でも、2月になって告発した当事者の会見が報道されています。

しかし、なにより残念なことは、組織の中で関係する周りの科学者が、疑問をいだかないのか、意図的に見過ごそうとするのか、自らの問題だと捉えないことです。科学者は、批判的な眼で対象を捉えることから研究を始めることでしょうに、身近にあるこうした現象には他人事として保身に向かうのでしょうか。科学者は公正でなくてはなりません。科学者は社会の中で、そのようなProfessionだとして存在しているのだと思います。自らが所属する組織の中で、理不尽なことがあっても、怒りを感じないことが不思議でなりません。このことにも怒りを覚えます。ほんとうに残念です。

学術界が自律的に公正な科学者コミュニティを形づくるためには、まず、科学者自身の「誠実さ」(academic honesty)が求められるでしょう。なにも、研究者としての入口にいる若い人たちへ論文の捏造などを戒める教育で済ませられることではありません。その人たちに背中を見られている人たちの誠実な言動が大事だと確信しています。

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