規制を緩和するということは

ものごとを決める議論の中で、効率的で効果的な方策を提案したときにも、それが窮屈だと、その規制や制約を緩和する方向の意見が出ます。ひとたび、そのような意見が出ると、結論がその方向に進みがちになるということは往々にして経験します。

しかし、一方で、2009年1月12日から施行された米国の入国制度ESTAの手続きには、少々、驚きました。日本の外務省も

http://www.mofa.go.jp/mofaJ/toko/passport/us_esta.html

で案内しています。Electronic System for Travel Authorization (電子渡航認証システム) というのですから、そうかと思えるところもあるのですが、なにしろ、専用のWebサイトからしか申請できないというのです。紙媒体の申請はもちろんのこと、大使館等の窓口で申請するということさえ排除しています。

ここには、情報力格差(ディジタルデバイド)への配慮といった観点は見られません。なるほど、こういった決定もあるのか、と思ったものです。これは、規制というわけではありませんが、より広い可能性は排除して、一つの方向づけに強制してしまった例でしょう。これを「緩和」するところは、手数料収入を得て代行するという民間のサービスに委ねたというわけです。

最近では、わが国でも(参加費が無料の)シンポジウムなどでは、Webを通じてのみ受け付けるという例も増えたように思いますが、それも「無料」だからかもしれません。今日、1件、申込みをしました。

このように、情報技術によって効率的な方法をとろうとすると、それ以外の可能性を制約してしまうことは往々にして起こります。そして、こうしたシステムを導入しようという議論になると、「従来型の」FAXや文書でも受け付けることにすべきだ、という緩和策が出てくるのです。結局のところ、新しい試みは従来型のものと併用することになって、かえって手間がかかるということにもなりかねません。痛し痒しといったところです。

もちろん、情報力格差への配慮は必要ですが、対象とする人たちの範囲が特定できるようなシステムでは、うまく合意形成をして効率的な方式をとるようにすることもできるでしょう。また、非常に難しいことでしょうが、一般利用者向けの情報システムでも、そのアキレス腱ともいえる「従来型との併用」システムの解決策を考える時期にきているのではないでしょうか。「規制緩和」が「正論」ではあるのですが、どこかで「規制する」ということも必要ではないかと思います。

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