大学の国際化の目指すものは?

大学の国際化が話題になっているようです。国際化というのは、とくに最近、というわけではないのでしょうが、文科省で施策として競争的プログラムの公募があったり、国際的な大学ランキングのことが話に出るということもあるのでしょう。

一言で「国際化」といっても、目指すものは大学ごとに、また、大学内でも研究科や学部ごとに違うでしょう。分野によっても大きく違うことだと思います。個人はもちろん、研究室といった小さい組織では目指すものをはっきりさせることができるでしょうが、大学という規模になると、さまざまな考え方があって、ことばはよくないかも知れませんが、総花的になってしまいかねません。わが国の学生や教職員が国際的な場で活動するということもあれば、外国から学生や教職員を迎えて国際性のあるキャンパスにするといったこともあるでしょう。

大学はこれまでに十分な国際化をしてこなかったのでしょうか?なぜ、不十分だというのでしょうか?大学人はほんとうに国際的な活動をしていないのでしょうか?

分野にもよるでしょうが、私のまわりでは、教員はふつう国際会議に論文を投稿して発表に出かけるというのは日常的になっています。大学院の学生や研究員の人たちもおなじです。研究室には外国からの留学生の人もいますし、外国から研究者が訪れます。これが、目指す「国際化」であればそれでよいのでしょうが、最近、まわりでいわれる「国際化」はどうも、それだけではないようです。

英語の講義だけを受講して大学院の単位を取ることができるようなコースを作るとか、若手の研究者・教員を何ヶ月か海外に派遣する、といった目新しい(?)ことが始まりそうです。いずれも、トップダウンに、文科省がそのような計画の提案を大学や研究科から求めて、選定して経費を支援したものです。

これまでは、このような「国際化」はできなかったのでしょうか?何か制約があったのでしょうか?

いずれも、やろうと思えばできたことです。もちろん、やろうとするためには経費が必要だということもあるでしょう。それならば、その計画をもとに予算を要求するというのがボトムアップにで大学らしい進め方だといえますが、こうして経費を得ることが難しくなっていることは分かります。しかし、Curiosity-drivenの気質が身についている大学人が、自らが提案したとはいえ、枠にはまった形のTarget-orientedな国際化を推進するには苦労することでしょう。

個々の大学人が日常的な国際化に努めるのがいちばんだと思います。すべての講義を英語で受けなくても、英語の教材や論文を使った講義には留学生の多くが受講します。また、講義やセミナーでの学生のプレゼンテーションは英語でも日本語でもよいではありませんか。ずいぶん前から、私の研究室でのセミナーは日本語、英語が混在しています。火曜日の午後には、研究室以外にも声をかけてセミナーや講演会をやりますが、そこに日本語が達者でない研究者や学生も参加しますので、日本人も英語で発表し議論しています。もちろん、完璧な英語というわけではありませんが、専門を同じくする研究者仲間が研究上の交流をするのですから、それほど難しくはありません。このような雰囲気を作るというのが国際化の第一歩だと考えています。

まずは、できることをやることが第一歩でしょう。そのような活動は続きます。時限のある経費に基づく活動はどうやって継続するのか、今から考えておかなくてはなりません。目指すものはさまざまでしょうが、個々の大学人の意識と行動が基本だと思います。

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